君が袖振る
ある本に、「袖振り合うも多生の縁」とあった。
これは、「袖すり合う」の誤植だと思った。「袖振り」から、万葉集にある「あかねさす 紫野行き標野行き 野守りは見ずや 君が袖振る 」を思い起こした。「袖振る」というのは、求愛の合図じゃないか。あちこちで袖を振り合ってどうする。(^^;)
その本のことで友人と話をする予定があったので、念のために、ネット辞書で確認。(紙の辞書、最近全然引いてないなぁ)
すると、「袖すり合う・・・」のところに、「『袖振り合う・・・』に同じ」とある。
あれっ? 「袖振り合う」が正式なのか。何となく腑に落ちないまま出かけて、友人にそのことを話すと、
「えっ! 『袖触れ合う』じゃないの?」
選択肢(?)が増えてしまった。(^^;)
その後、別の友人に聞いたときも、「袖触れ合う」だった。
意味からすると、「触れ合う」が素直だけど、あまりにそのまんま、という感じがする。やっぱり「すり合う」だなぁ。
その後、「袖触り合う」と書いてあるサイトを見つけた。つまり「振り」ではなく「触り」。ああ、これが一番しっくりくる。もちろん正しい日本語の使い方からというわけじゃなくて、私の勝手な好みからの話だけど。
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