幸せな距離
ピシッ。電車のドアのところに立っていた女子中学生の腕を、彼女の背後からすっと伸びた白い手が叩いた。たいした強さではないようだったが、音を感じさせるほどの鋭さだった。
白い手の主を見ると、顔立ちからしてその中学生の母親のようだ。ふたりとも、きめの細かいきれいな肌に、長い睫毛。だが表情はまるで違う。険しい表情で娘の背中を凝視する母親。もしかしたら、見た目より本当はかなり若いのかもしれない。窓に映った娘(たぶん)の顔には、特にこれといった感情が見えない。
それから何度か、その子が少しでも向きをかえようとすると、すかさず後ろから制止が入った。私と同じ駅で降りた後も、車内のときと同じように、娘の背後にぴったり母親がくっついた形で歩いて行く。ときおり、制止の白い手が、その子の腕を叩く。
どうして無言のまま叩くのだろう。言葉をかければいいのに。だいたい、後ろじゃなくて横についてやればいいのに・・・いや、何の事情も知らないのに、短絡的に母親を責めるような考え方はよそう。
その後も同じ時間に乗り合わせると、このふたりを見かけた。いつも娘の背後に母親はいた。
ところがある日、その子がひとりでドアのところに立っているのを見た。母親はと見ると、数人の乗客を隔てたところに立っている。車内はそれほど混雑してないから、いつもの位置に立とうと思えば立てるのに。どうしたんだろう・・・。母親の表情にはいつもの険しさはない。ああ、やっぱり。化粧っ気の無い顔は、その子と姉妹と言っても通用するぐらい、若やいで見えた。
電車を降りてからも、ふたりの距離はそのまま。ほんの少し蛇行するように、いつもよりゆっくりと、その子は歩いて行く。その数歩後ろに、母親。私までつい歩調を緩め、ふたりの後をついていく形になってしまった。
地上に向う長いエスカレーター。歩いて上っていって、その子の脇を通るとき、初めて彼女の声を聞いた。あ~あ~・・・独り言を言っているようにも、何か歌っているようにも聞こえた。笑っているようにも見えた。
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