新聞を取らなくなってから
新聞の購読を止めてから、1年になる。最初の数日は、何か物足りないような気がしたが、すぐに新聞の届かない朝に慣れてしまった。
大学進学を機に親元を離れ、ひとり暮らしを始めたときから、ずっと同じ新聞を購読してきた。就職、引越し、結婚、転職・・・生活のステージに変化があっても、届いたばかりの新聞を開くことから一日が始まる習慣は、長い間変わらなかった。だから、休刊日は嫌いだった。
いつ頃からだろうか。朝、新聞を開かないまま出かけることが多くなったのは。朝起きて、まずPCのスイッチを入れるようになった。メールのチェック、いくつかのニュースサイトの巡回、それに数年前からブログ更新が加わった。・・・新聞を読む時間はなかなか取れない。夜も同じように過ぎてしまう。
家人も同様のようで、読まれないまま週末を迎える新聞が積み上がるようになった。それで、しばらく迷った後、取るのを止めることにした。
止めた翌朝、新聞が届いた。「新聞が無いとご不自由ではないかと思い、今朝だけお届けします」という添え書きとともに。その言葉にちょっと心動かされたが、結局再購読しないまま、いつしか新聞が来ない朝が当たり前になり、1年が過ぎてしまった。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- なんとかペイ、私の場合(2019.09.17)
- このブログは(2004.10.10)
- 無計画の計画(2004.10.11)
- 見る・見られる・見える(2004.10.16)
- 「ら抜き言葉」擁護派は多数派か(2004.10.16)


コメント